シャネルの歴史
ガブリエル・シャネル(Gabrielle CHANEL)。
1883年8月フランス中南部オーベルニュ地方ソミュールで、ガブリエル・シャネル誕生。
15歳の時母親が他界してからは、孤児院や修道院で育つ。通称ココ・シャネル(CC)。
1910年 帽子店をパリ・カンボン通り21番地にてオープン。
1914年 洋服のブティックをフランス北西部ノルマンディ地方ドーヴィルでオープン。
1916年 本格的なチュールのブティックをフランス南西部アキテーヌ地方ビアリッツに
オープン帽子店であったパリ・カンボン通りの店もクチュールの店に切り替える。
クチュリエールとしてオートクチュール・コレクションを発表し、当時黒は喪服のみに
用いられていたが彼女は初めて黒を用いた。彼女の思想は"色を多く使う服ほど
醜い"というのもとに、シックで着心地のよいファッションを提案。ここからシンプル&
エレガンスを追求することになる。シャネルは初めてスーツやフォーマルに下着と
されていたジャージー素材を使用。女性のパンツスタイルもシャネルが広めた。
1926年 リトルブラックドレス発表
1928年 ツイードスーツを発表する。シャネルのために特別にスコットランドで織り上げられたツイードが
最初のスーツに使用される。
1930年 ハリウッドのプロデューの依頼、スターの衣装製作を引き受け始めた。
1931年 最初に衣装デザインを手がけた映画は女優グロリア・スワンソンの映画「今宵こそは」です。
1939年 第二次世界大戦始まるり、カンボン通りの5店のうち大成功を遂げていた1店を除きその他閉店。
1945年 第二次世界大戦が終了後、シャネルはスイスへ移住。
1954年 クチュール界にカムバックを果たし、カンボン通り31番地にクチュールのメゾンを再びオープン。
1955年 モード・オスカー賞を、アメリカ・ダラスにて「20世紀の最も偉大なクリエーター」として授与される。
1971年 1月 住まいを構えていたパリ・オテルリッツでシャネル死去。享年87歳。
スイス・ローザンヌの墓地に埋葬。大成功を、シャネル追悼コレクションを収め現代の
ファッションに影響を与えつづけている、偉大なるデザイナーシャネルのシンボルである
"鎖"とともに、おなじみの靴やバッグ・ベルト等はプレタポルテのコレクションラインに登場する。
|